どんな時も忘れてはいけないこと


今朝は妻と娘と散歩がてら公園へ

朝の公園は誰もいないせいか 空気が凛としていい気が流れていました

そんな中で目を閉じて 瞑想しながら体を伸ばすストレッチ

体の隅々まで気を流し終え 

ふと周りを見ると 花が咲いていました

自然の色は本当に綺麗です

昔は花の美しさなんて わかりもしませんでした

今はその花の持つ生命力を感じれるようになったのでしょうか

人はそのものの持つ波動を感じられるから 綺麗だと思うのでしょう

美しく咲く花 そんな中で枯れている花 これから咲こうとする花

みんなに見送られながら 枯れゆく花

みんなに見守られながら 咲こうとする花

もしかすると 誰かに摘まれるかもしれない

我々とは違って 周りを気にせず 自分らしく咲く花

僕の目には どの花も 今を一生懸命に生きているように見えました

今朝の僕らと同じように 朝の気持ちよさを味わっているかのようでした

先のことは誰にもわからない

だから あんなにも綺麗な色を宿すのでしょう

あの色こそ 生命そのものです

今日で震災から5年

あの日 僕らも東京で体験したことは忘れないでしょう

何度か被災地へ 傷ついた方々のこころに歌を届けに行き

そこで生まれた人と人の繋がり

学んだこと 変わったもの 変わらないもの

それでも突き進むもの 

あの日から時が止まったままの方も 多くおられることでしょう

震災だけでなく 不慮な事故や 思いもよらない出来事で

愛する人を失う辛さは 計り知れないものです

別れを言うこともできずに 別れることになったこれまでの多くのいのちに

心からの黙祷を捧げます

どんなときも忘れてはいけないことは

私たちは地球があるおかげで 生きていられるということです

社会が 国があるからではありません

それは生物が 生きていく上で根底にある最も大切な共通概念です

海も大地も空気も資源も誰のものでもない

地球みんなのものです 恵みです

我々は取り返しのつかないところまで進んでいくのでしょうか

私たちが持つ概念は 社会によって生み出され

社会によって 私達のあらゆる概念は作られていきます

それは危険なことでもあります

本質は一体どこにあるのか

忘れてはいけないものがあるのではないか

作られた固定概念は 大切なものを見えなくしてしまいます

食べ物においても 子育てにおいても 教育においても 会社や社会のあり方においても

何事も 自分のものさしで見定める力を持って行かないといけないと僕は思います

それが「自分が幸せに生きる価値観」を作り生み出していくのだと思います

自己中心的な欲望は 奪い合いを起こし 争いごとを招きます

そんなことをいつまで繰り返していくのでしょうか

執着することをいつまで続けるのでしょうか

そんなことは全く持って無意味です

誤った概念はいつしか消えていくのです

そんな愚かな我々のことなどおかまいなく

花は今日も美しく咲き

鳥達は山と遊んでいます

#震災から5年

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